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はじめに
薬局の売却を検討する際、経営者が最も頭を悩ませるのが「従業員の雇用契約整理」です。
薬剤師・事務スタッフは薬局の経営基盤であり、彼らのモチベーションや定着は承継後の経営安定に直結します。
一方で、雇用契約は法律的にも複雑であり、売却スキームや承継形態によって取り扱いが異なります。
「従業員の雇用は守られるのか」「給与や待遇は変わらないのか」という不安を払拭できなければ、売却後に離職が相次ぎ、経営に悪影響を及ぼしかねません。
本記事では、薬局売却における雇用契約整理の重要性と実務対応を解説します。
皆さん、こんにちは。YAKUDACHI鈴木です。
今回は薬局M&Aにおける雇用契約の整理です。
雇用契約は、正社員であれば一度、労働条件通知のような形で示して以降、特に変更することも無いのではないでしょうか。人によっては数十年前に結んだ以降、キャビネットの奥深くに眠っていることもあります。(会社によっては雇用契約がないなんてことも、以前はありましたね。)ただし、M&Aではとても重要な情報になります。当然、買い手に提出する資料の中にも含まれます。
雇用契約を整理する時点で大切なのは、契約書上の文言ではなく、実態はどうなっているか?です。入社したばかりの新入社員であれば、雇用契約と実態がかけ離れていることはないでしょう。これが入社10数年ともなれば、過去の経緯で、例えば5分程度の早退はノーカンになっていたり、残業は1時間から算定となっていたり、はたまた有給は必要な理由が無いと使えないとか・・・
企業によってその運用は異なります。
M&Aの買い手は実際にどのように運用されているかが興味ある部分ですね。
従業員の方からすれば、買い手がなんと思おうとも、「今まではこうでした」こそが不文律です。新参者の新社長が何と言おうとも、自分たちの前例こそが正義と感じるのではないでしょうか。
これはどちらが正しいという議論ではなく、事実、既存従業員たちはそう感じるということです。
M&Aに不慣れな買い手の場合、杓子定規に雇用契約上の文言を正としがちですが、人の気持ちはご存じの通り、そんなにロジカルではないので、一方的な押し付けは、M&A直後の従業員の気持ちを逆なでするだけです。
薬局売却と雇用契約の基本整理

- 事業譲渡の場合
- 雇用契約は自動的に承継されない
- 買い手と従業員の間で新たに雇用契約を締結する必要がある
- 会社株式譲渡の場合
- 法人そのものが承継されるため、雇用契約は維持される
- 従業員への説明や同意手続きは不要(ただし周知は必要)
👉 スキームの違いによって従業員への影響度は大きく変わるため、売却前にしっかり整理しておくことが重要です。
譲渡スキームにおける雇用契約継続の取扱いはM&Aの基本ですので、理解しましょう。
事業譲渡では、薬局事業(とその関連物品)のみが売買されるので、従業員はそのままでは売り手の会社の社員のままです。当然、買い手は困ってしまうので、各従業員に新会社に移籍してもらうというステップがあります。
実務的には売り手法人からの退社と買い手法人への入社は、同時に行うので、勤務は継続します。通常、移籍を断る理由はないので、スムーズに新会社へ入社してくれます。
ただ、一部、もとから退職を考えていた方など、これを機に退職するケースもみられますね。
対して、株式譲渡の場合には、単に会社の持ち分である株式の売買なので、法人はそのまま継続します。通常、株式売買と同時に代表者も変更するので社長だけ変わるといった状態です。
当然、従業員はそのままなので、特に手続きなく雇用契約は維持されます。(もちろん、各従業員へのM&A経緯の説明は必要)
雇用契約のみに絞って言えば、薬局M&Aは株式譲渡の方がシンプルですね。
雇用契約整理での重要ポイント

- 従業員の雇用継続を明確にする
- 可能な限り「現状維持」を基本とすることで安心感を与える
- 待遇・労働条件の変更有無を確認
- 給与・賞与・勤務時間・福利厚生が変わらないかを整理
- 労働契約法・労働基準法の遵守
- 労働条件の不利益変更は原則禁止
- 変更が必要な場合は従業員の同意が必須
- 就業規則との整合性
- 買い手の就業規則と現行のルールを比較し、必要に応じて調整
M&A前後の従業員の取扱いにおいて基本路線は「総体として不利益変更しない」です。
なんともまどろっこしい表現になりますが、これには事情があります。
一般に薬局の譲渡スキームが事業譲渡であろうと株式譲渡であろうと、従業員の不利益変更禁止はM&Aの契約に盛り込まれます。つまり、そもそも従業員の待遇をM&A前後で悪くすることはしません。
ただ、売り手と買い手では就業規則その他、ルールが違います。この2社間のルールの違いから基本給を変えなくても、昇給率を変えなくても、ボーナス水準を変えなくても待遇は変わります。
よくあるのが、中小企業が買収されて大手になる場合です。
中小企業は一般的に退職金制度をもっていなく(中退共に加盟している程度)、基本給を維持すると、大手の場合には自動的に退職金分が収入増となります。また、有給消化が厳密に管理されるので、年間の有給消化日数も増加するでしょう。さらには従業員持ち株会やその他福利厚生など大手の方が充実している部分があります。
ここで、それらのコストの分、基本給を下げます。。。とはなりません。
よって、昇給率や賞与など若干の調製をして、相対的に不利益とならないようにするんです。
とはいえ、多くの場合、全部ひっくるめれば買収されて得する場合が多いと言えます。
実務対応のステップ

- 雇用契約書・就業規則の確認
- 各従業員の契約内容を一覧化
- 有期契約・無期契約・パート・正社員の整理
- 買い手との条件調整
- 従業員の雇用継続を売却条件に盛り込む
- 重要人材(薬局長・ベテラン薬剤師など)は特に明記
- 従業員への説明
- 売却の背景・今後の待遇をわかりやすく説明
- 個別面談を実施し、不安を解消
- 労務トラブル回避
- 雇用継続が不明確だと退職希望者が急増するリスク
- 労働問題専門の弁護士や社労士の活用が有効
M&A後の労務トラブルは避けたいものですが、残念ながらままよくあることです。
一番多いパターンが、売り主から譲渡前に伝えられていない事実です。
これは別に売り主の悪意を言っているわけではなく、経営者の方ならわかりますが、従業員との関係性も長年に渡れば、すべてを買い手に伝えることなど不可能です。
明確かつ重要な約束であれば、それは伝えるべきですが、従業員と社長の人間関係があればそれも結構あいまいな部分が残ります。
前の社長はもっと大切にしてくれた!と言われましても・・・・ですね。
でも実際にあるんです。
人は不満があるとその原因を直前の変化に求めます。
会社が変わって悪くなったところばかりが噂話のネタになるんです。
成功事例と失敗事例

成功事例
関東のA薬局は、売却契約に「従業員全員の雇用継続」を明記。
売却成立後も給与・待遇は維持され、従業員の安心感が高まり離職者ゼロを実現した。
失敗事例
関西のB薬局は、従業員への説明が不十分で「待遇が下がるのでは」との不安が広まり、売却前に薬剤師が複数退職。
その結果、買い手の評価が下がり、売却価格も低下した。
少し、論点がずれますが従業員への開示は(特にクロージング前に行う場合)極めて慎重にすべきです。
そもそも、多くの場合、秘密保持の開示対象に含まれないので、買い手の事前承認が必要です。
特に注意すべきは「確定情報のみ正確に伝える」ことです。
不確定な段階で情報をだすと、多くの場合には不確定部分を勝手に想像して(多くは悪く)伝わります。
「給与はどうなるかわからない」と言えば「給料下がるかもしれない」→「給料下がるっぽい」→「ボーナスカットとかもあるのかな」とどんどん尾ひれがついて広まります。
残念ながら噂話が好きな人ほど無責任な予測を付けて広めてくれます。その方がセンセーショナルで注目を集められるからですね。
実務チェックリスト

- 雇用契約書・就業規則を整理したか
- 売却スキームごとの雇用承継の違いを理解したか
- 従業員雇用継続を契約に盛り込んだか
- 従業員への説明と個別面談を実施したか
- 労務専門家のサポートを受けたか
薬局の売却を真剣に検討されているのであれば、就業規則は整備したほうがよいです。
中小企業では、そもそも就業規則ないってこともありえますが、買い手が大手であれば、やはり 規則が整備されていない→いい加減な社長 という図式は成り立ちかねません。
買い手に提出を求められてから、作ってませんだと印象悪いので、もし整備していないのであれば作っておきましょう。
まとめ

薬局売却における雇用契約整理は、単なる法的手続きではなく、従業員の安心と経営の安定を守るための重要なステップです。
- 事業譲渡か株式譲渡かで雇用承継の扱いが異なる
- 雇用継続と待遇維持を明確にし、不安を取り除く
- 従業員への誠実な説明と専門家の活用が成功のカギ
いかがでしたでしょうか。今回は薬局M&Aにおける雇用契約整理の必要性につき紹介しました。10年以上の付き合いの従業員であれば、なにを今さらといった感覚は私も理解しますが、買い手の気持ちになれば、やはり必要ですよ。
次回は「薬局売却と株主対応|合意形成とトラブル回避の実務ポイント」をお届けします。
株式譲渡であれば、合意は当然必要ですが、たとえ譲渡スキームを事業譲渡とした場合でも事業の売却は経営上の重要事項なのでほぼ全ての法人で株主総会の(特別)決議事項となっています。つまり、多くは3分の2以上の議決権が必要ということになります。
是非、ご参照ください。